1985年9月にニューヨークのプラザ・ホテルで、5カ国(G5)蔵相会議(日・米・英・独・仏)が開催された。
当時、レーガン政権の下「双子の赤字(経常赤字と財政赤字)」に苦しんでいた米国は、それまでのドル独歩高を是正すべく、各国に自国通貨を切り上げるよう呼びかけ、合意を得た。これがプラザ合意である。
特に、対日貿易赤字が膨らんでいたことで、米国は急激な円の切り上げを要請。そのため、プラザ合意翌日のドル円相場は、24時間で1ドル235円から約20円の円高が進行した。
また、その後約3年間で、ドル円相場は120円台まで下落の一途を辿った。
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